関西御朱印 ブログ
今年から始めた御朱印収集巡りを紹介していきます。たまに閑話休題でペットやグルメ、友人夫婦の子育て日記などについても書き込ますので併せてお楽しみください。
京都府 京都市 東山区

清水寺 Vol.1 国指定重要文化財の宝庫は1回では書き切れませんでした

三十三間堂を後にして、予定通り元気な内に山登りしないとということで、清水寺を目指します。

清水寺へ

一応、三十三間堂の警備員のオッちゃんに歩いて行ったらどれくらいか尋ねたら、ちょっと驚かれたので、おとなしく京都市バス1日周遊券を使って3つ目の五条坂で下車。

ちょっと無愛想な運転手さんで、ココで降りるんですか?と聞いたら、肯定はしてくれたけど内容がよく聞き取れず、下車して前方に向かったらクラクションで後ろだよって教えてくれました。

確かに、バス停の後方が五条坂の交差点。

数年前に参拝したときは、清水坂を登ったんですが、こうして見ると、五条坂から登って清水茶わん坂を抜ける方が近道ですね。

最後に勾配がきつくなる中、

無事にたどり着いた様です。

創建

「清水寺縁起」によると、奈良の興福寺の僧で当時、子島寺で修行していた賢心(後に延鎮と改名)が夢で「南の地を去れ」とお告げを受け、北に向かったところ。京都の音羽山で清らかな水の湧き出る瀧に出会いました。

その滝の畔には、行叡居士という老仙人が住み、滝行を行い、千手観音を念じ続けていました。

行叡居士は、賢心に霊木を託し、「あなたが来るのをずっと待っていた。私は東国に修行に行くので、この霊木で観音像を彫り、この霊地にお堂を建ててほしい」と言い残し、姿を消しました。

行叡居士こそ観音の化身であると悟った賢心は、授かった霊木に千手観音を刻み、行叡居士の草庵に安置しました。

これが、清水寺の始まりとされています。

その2年後、坂上田村麻呂が病気の妻の薬になる鹿の生き血を求め、鹿狩りのために音羽山を訪れ、延鎮に出会い、殺生の罪を説かれ、聖賢を感じ、延鎮を大師と仰ぎ、寺院建立の願いに協力を申し出て、観音像を祀る本堂として自邸を寄進しました。

そして、十一面千手観音菩薩を御本尊とする寺院を建立し、音羽の瀧の清らかさに因み、清水寺と名付けました。

後に征夷大将軍に任じられた田村麻呂は、東国の蝦夷平定を命じられ、自身が建立した清水寺に平定参拝をした上で出陣し、観音の使者とされる毘沙門天の化身である若武者と地蔵菩薩の化身である老僧の加勢を得て、戦いに勝利し、無事に都に帰還しました。

そして、798年に延鎮の協力を得て、本堂を大規模に改築し、観音像の脇侍として毘沙門天と地蔵菩薩を祀りました。

この様な縁起により、清水寺では行叡を元祖、延鎮を開山、田村麻呂を本願と位置付けています。

仁王門

清水寺の正門たる仁王門は、朱塗りの堂々たる楼門で、国指定の重要文化財。

応仁の乱の際、1469年に焼失しましたが、1500年頃に再建されたものです。

狛犬(阿形さん)は上向き加減ですね。

扁額は「清水寺」でした。

仁王門を潜り、境内へ。

西門

楼門を潜ると、いきなりのキングギドラ?がお出迎えしてくれます。

その背後に見えるのが西門で、1633年に再建され、やはり国指定の重要文化財。

ここから見る西山の日没は大層美しく、極楽浄土に往生する入口の門、浄土を観想する「日想観」の聖所とされています。

鐘楼

平安時代に建造され、1607年に現在の場所に再建・移築された国指定の重要文化財。

桃山建築様式の粋を凝らした造りで、牡丹彫刻の懸魚、菊花彫刻の蟇股、四隅の柱の先には獏と象の木鼻が施されています。

こちらの階段下の庭園の先にも、千体石仏群や応仁の乱後に清水寺を再興した願阿上人の住居であったとされる成就院といった見どころがあったそうですが、反対側にあった三重塔に気を取られてスルーしてしまいました…。

三重塔

高さ約30mと国内最大級を誇る三重塔は、京都市街地からも見えるので、清水寺のシンボル的役割を果たしています。

847年に創建され、1632年に再建されている国指定の重要文化財。

大日如来像が祀られており、四方の壁に真言八祖像、天井や柱には仏画や龍がごく極彩色で描かれているそうです。

尚、この1F部分の天井の格子模様は、宇治平等院同様で、格子目が細かいほど、格式が高い…という様なお話を修学旅行のガイドさんがしているのを盗み聞きしておりました。

随求堂

終生の願いや求めを叶えてくださるという大随求菩薩を本尊(秘仏)としてお祀りし、1735年に建立されました。

ここでは、胎内巡りと言ってお堂の下の暗闇の中を数珠を頼り歩き、やがて淡い蛍光に浮かぶ随求菩薩の梵字に辿り着くという体験もできるのですが、この日は修学旅行生が行列をなしていたので、残念ながらパスさせていただきました。

経堂

1633年に創建された経堂も国指定の重要文化財。

しかし、看板を見ると「重文」と略され始めちゃいましたね…。

平安時代には一切の経が所蔵され、全国から学問僧が集まる講堂があったそうですが、現在の経堂は、寛永の火災で焼失後に教学の場として再建されたもの。

堂内には、釈迦三尊像が祀られ、鏡天井に墨絵の円龍が描かれているそうです。

田村堂

田村堂内中央には、清水寺創建の本願である坂上田村麻呂御夫妻が祀られ、開基である行叡居士、開山である延鎮上人が奉祀されています。

現在の建物は、1631~1633年に再建され、2006年に修復されました。

丹塗の柱と屋根が、朱や緑等五色で彩られた組み物でつながれる独特の手法です。

ここも「重文」。

入場券購入

こちらの入場券売り場で、大人400円・子供200円の入場券を購入して、いよいよ本堂へ。

轟門

1631~1633年に再建、2016年に全面改装された轟門は、本堂に向かう入口。

左右両脇に持国天と広目天、背面には狛犬が安置されています。

手前左側には手水鉢が見えますが、四方に梟を彫刻した石塔身を台石にしていることから「梟の手水鉢」と呼ばれています。

そして、轟門も「重文」です。

朝倉堂

轟門の写真でわかる様に、門の先には本堂に続く回廊があるのですが、その左手にあるのが

またまた「重文」の洛陽三十三所観音霊場第十三番札所たる朝倉堂。

1510年に越前の守護大名であった朝倉貞景の寄進により「法華三昧堂」として創建。され、2013年に解体全面修復されました。

堂内には、本堂同様。清水寺型千手観音ら三尊像が祀られています。

ところで、いよいよ本堂ですが、既に2500文字を突破し、このままでは5000字ペースでページが随分重くなりそうなので、本日はここまでとさせていただきます。

次回、Vol.2をお待ちください。

清水寺 情報

京都府京都市東山区清水1-294

TEL:075-551-1234

無休
拝観料 大人400円・子供200円(※体内巡り 別途100円)
拝観時間 6:00~18:00(※春・夏・秋 ~21:30迄の夜間公開期間有 受付終了 21:00)
納経所受付時間 8:00~18:00(音羽の瀧納経所のみ 8:00~17:00)
初穂料 300円
公式ホームページ 音羽山 清水寺 (kiyomizudera.or.jp)
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ABOUT ME
kimikan
55才のおじさんです。 体調を崩して、今年1月末に退職し、現在無職の日々を過ごしています。 せっかくの機会を活かし、新たに始めた関西近郊の御朱印収集を中心に、愛するペットや友人の子育て日記、グルメネタ等について日々綴っていこうとブログを開設しました。 拙い文章ですが、どうぞよろしくお付き合いください。

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