百舌鳥八幡宮へ
時刻は16:10。
車での帰路途中で立ち寄れそうな場所で、百舌鳥八幡宮を思いついたのですが、ちょうど20分くらいかかるので、授与所が16:30までだとアウトという際どい時間。
何とか16:28頃に着いた…と思ったら行き過ぎました。(·∀·)
大回りして、ようやく駐車場に乗り入れたのは16:33頃になりました。
まぁ結果から言うと17:00までだったので間に合ったのですが、この後、車に御朱印帳を置き忘れるという更なるやらかしもしてしまいます…。(·∀·)
一の鳥居
ということで、帰りがけに撮影した一の鳥居です。
車は、鳥居を潜っていくと大きな無料駐車場があります。(·∀·)b
二の鳥居
しかし、約1万坪の敷地を持つ境内なのに、なぜ高台に社殿を造るのか…、
大きく「八幡宮」と書かれた扁額ですが、やや経年劣化気味です。
しかし、コレよく見ると、「大久保利武謹書」とあり、大久保利通卿の三男である大久保利武氏が大正初期に奉じたものだそうです。
ちなみに、拝殿の扁額として、普段は非公開ですが、大久保利通卿御自身の書による扁額も現存するそうです。
創建
百舌鳥八幡宮も神功皇后が三韓征伐が創建のきっかけとなった神社の一社で、神功皇后が難波に戻った際にこの地において幾万代までも天下泰平民万人を守ろうとの誓願を立て、八幡大神の御宣託を受け、欽明天皇の時代(532年~571年)にこの地を「万代(もず)」と称し、神社を創建し、八幡大神を祀ったのが始まりとされています。
729年には行基菩薩により、境内に神宮寺として万代寺が建立され、百舌鳥八幡宮の奥の院とされ、平安時代には僧房48ヶ寺を擁する大寺院となりましたが、戦国時代や1615年の大坂夏の陣の兵火により荒廃しました。
しかし、その後も地方信仰の中心として重んぜられ、江戸時代においても大阪城代が交代する度に、百舌鳥八幡宮に参詣することが習わしであったとされています。
尚、明治の神仏分離令により、万代寺とは分離することとなりましたが、万代寺も現在も近隣に存在しています。
ところで、八幡大神といえば、中世以降は応神天皇と同一神とされることになるのですが、母である神功皇后がその御託宣を受けていたというのは、ちょっとした因縁を感じますね。
拝殿と主祭神
拝殿の様子です。
コチラは本殿の様子です。
本殿は1726年、拝殿は1830年に再建され、大阪でも屈指の大きさを誇ります。
主祭神は応神天皇で、神功皇后・仲衰天皇・住吉大神・春日大神を配祀の神としています。
応神天皇を主祭神に、神功皇后・仲衰天皇ご両親も祀られている次第です。
拝殿前の狛犬(阿形さん)は、何とも言えない御風貌…。
境内社
若宮社
仁徳天皇を御祭神とする若宮社。
招魂社
氏子出身の方々の英霊を祀る招魂社。
忠魂碑も建立されています。
市杵島社
コチラは、石段の下にある境内社ですが、
放生橋を渡った先の小島に鎮座されるのは、
市杵島命を祀る市杵島社。
水神社
で、放生池に浮かぶのが水神を祀る水神社です。
配置がこうなっているので、近づいてみるまでは池に浮かぶのが弁天様かと思いました。
稲荷社
稲荷社は、なぜか駐車場内に祀られていました。
その他境内
百舌鳥八幡宮のくす
ちょうど授与所の前くらいにある大楠は、樹齢約800年とされる御神木で、樹高25m、幹周5.2mあり、「百舌鳥八幡宮のくす」として大阪府天然記念物に指定されています。
樹高というより枝の広がりが見事ですね。
お社も設けられていました。
放生池
市杵島社・水神社を祀る放生池。
鯉が悠々と泳いでいますが、穏やかすぎて龍神様はお出かけの様です。
絵馬殿
お正月明けということで、百舌鳥八幡宮でもたくさんの願い事が掛けられていることが遠目にもよくわかりました。
神庫
堺市ということで、コチラもお神輿ではなくだんじりが納められているのでしょうか?
御朱印
ちょっと前面にお二人の巫女さんがいらっしゃったので写真は遠慮しましたが、授与所で、
「八幡大神」の書置き御朱印と、
宝船の切り絵御朱印を頂戴しました。
ということで、ダッシュで駐車場まで取りに戻った御朱印帳は必要ありませんでした…。
百舌鳥八幡宮 情報 by 関西御朱印 ブログ
大阪府堺市区百舌鳥赤畑町5-706
TEL:072-252-1089
無休
参拝料 無料
参拝時間 24時間可能
社務所受付時間 9:00~17:00
初穂料 500円(切り絵御朱印 1,200円)
公式ホームページ 百舌鳥八幡宮 大阪府堺市 (mozu8.com)
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