難波駅から大阪メトロ御堂筋線に乗って梅田に帰ってまいりました。
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露天神社へ
そして、梅田駅周辺でパッと思いついて訪れたのは、

露天神社です。
しかし、お馴染み近松門左衛門の曾根崎心中の舞台としてお初天神の方が名が通ってますね。
曾根崎心中
さて、曾根崎心中を御存じない方のために簡単なあらすじを。
天満屋の遊女であったお初が、客に連れられて大阪三十三箇所の観音巡りをし、最後の巡礼地である生國魂神社の境内で休んでいました。
そこに醬油屋の丁稚である徳兵衛が通りかかるのですが、元々愛し合っていた二人。
巡礼の旅の最中に便りが無かったことを責めるお初に、徳兵衛はその間に自身が大変な目に合っていたことを打ち明けます。
実は丁稚奉公をしていた醤油屋の主人は実の叔父で、徳兵衛を気に入り、妻の姪と結婚させて店を持たせると言い出した。
お初のことを思い固辞した徳兵衛は、叔父に勘当され、叔父が徳兵衛には告げずに郷里の母親に結納金を渡していたことを知ります。
慌てて郷里に帰った徳兵衛は、そのお金を無事に取り戻しますが、大阪で会った友人の九平次にどうしても金が必要だと言われ、そのお金を三日間の約束で貸してしまいました。
その場に九平次が仲間を連れ立って登場しますが、返済を求め証文を提示する徳兵衛に、その日付より前に自分は印を紛失して、今新しい印を登録しているところだから証文は無効だと言い放ちます。
徳兵衛たちは乱闘になり、お初は巻き込まれるのを恐れた客に籠で連れて行かれます。
多勢に無勢で打ちのめされた徳兵衛は死ぬ覚悟をして、夜中にお初を訪ねます。
そこで徳兵衛の死ぬ覚悟を聞いたお初は、「自分も一緒に」と答え、午前二時頃に二人で天満屋を抜け出します。
そして、この地にたどり着くと「世間に見苦しい死に方だと言われるのは嫌だから、世間に類のない美しい死に方をしよう」と、互いに気に身体を縛りつけた状態で、徳兵衛が剃刀でお初の喉を抉り、次いで自らの喉を抉り心中を成し遂げました。
二人の噂はあっという間に世間に広まり、身分に関係無く恋の手本とされたそうです。
しかし、心中前のストーリーは「走れメロス」から「人間失格」に変貌を遂げてますね。
そういえば何かの因縁か、太宰治氏も心中されていますが…。
名称の由来
すっかり長くなりましたが、露天神社の創建は700年頃とされています。
そして、社名の由来は、菅原道真公が太宰府に左遷される途中、ここで都を偲んで、「露とちる 涙に袖は朽ちにけり 都のことを思い出づれば」との一首を詠んで涙を流したからとも伝えられています。

拝殿の様子。
主祭神
主祭神は、大己貴大神、少彦名大神、天照皇大神、豊受姫大神、菅原道真公の五神。

拝殿内の様子。

摂社として、境内に祀られている金刀比羅宮・水天宮。

同じく、開運稲荷社。

同じく、難波神明社。

結構ナゾのカエル様。
さて、露天神社は曾根崎心中で悲恋の心中を遂げたお初と徳兵衛が、生まれ変わって恋愛成就する様にと参拝客が絶えず、併せて自らの恋愛も成就も祈願される様になりました。

現在では、縁結び・恋愛成就のパワースポットとしてだけでなく、プロポーズにふさわしい「恋人の聖地」としても選定されています。
しかし、場所柄もあって、夜のムード高まる時間帯には酔客も多数溢れかえっているので個人的にはあまりお薦めできないのですが、現在はコロナ禍で少しは落ち着いているのでしょうか?

カップルでこんな写真を撮ると恋愛成就間違い無し!
ところで、どっかで見たテン高女子のお初しかいませんが大丈夫でしょうか?
御朱印

御朱印は、カラーの書置き版が豊富です。

この日は、直筆版と神人和楽を頂戴しました。
私の徳兵衛はいつになったら……
私の徳兵衛が空っぽ。
欲を言えば、私の徳兵衛は医者か弁護士がいいな。
徳兵衛は丁稚どんでっせ。
リーガル徳兵衛、ドクター徳兵衛は存在しません。